秋田魁新報朝刊 |
この頃は「写真愛好家」で満足していた。 まさかこんなにデカく新聞に載るとは思ってもみなかった。 正確には、羽田空港ベースから通算で11年になる。 「個展をやりたい」というのも、ほとんど口から出任せ。 が、結果的にこれがきっかけで秋田空港「空の日」写真展につながった。 現在は農業から手を引き、アウトドアにインドアに写真ライフを満喫している。 注)2004年11月、「六郷町」は隣の2町村と合併して「美郷町」になった。 |
月刊あんどなう 1999年5月号 秋田県南情報誌 |
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リバーサルフィルムを使うようなった頃から、「写真はライフワーク」がモットーだった。 だが、「写真愛好家」だと聞こえはいいが、「趣味」で片付けられるのにはかなりの抵抗があった。 この翌年には「ライフワーク」のまま「写真家」としてスタートを切ることになる。 写真家といっても、スタイルはこれまでとほとんど変わらない。 今では趣味とか仕事とか、拘ること自体馬鹿らしくなった。 しかし「初志貫徹」、初心に確立したアイデンティティーは今でもブレることなく貫いている。 |
広報ゆうわ 1999年11月号 秋田県雄和町広報誌 【2005年1月、雄和町は秋田市と合併】 |
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1回目の写真展が行われた秋田空港「空の日」記念イベントが終わって間もなく、雄和町役場を訪ねた。 現在では雄和町も秋田市と合併し、秋田空港も秋田市のシンボルの一つとなった。 秋田空港で学んだ撮影ノウハウは、現在は「J project」として、様々なシチュエーションに応用されている。 これからは被写体として、また利用者として、 秋田空港も多数の空港のひとつとして接していくことになるだろう。 |
「チャンネル ei ei」 ニュース番組 1999年11月放映 特集コーナー『飛行機のある風景』 |
これも4月の新聞記事の反響か、テレビでも取り上げられることになった。 秋田空港での収録当日は、晴れの天気予報に反して、曇り時々雨の生憎の天気だったが、最初で最後の「テレビ収録現場」を体験した。いい経験になった。 自宅での収録では、初めに打ち合わせがあって台本通りに進むんだろうとすっかり思い込んでいた。ところが、千田まゆこアナと撮り溜めた写真の話しをしているうちにさっさとテレビカメラがセットされ、いきなり質問攻め。打ち合わせの「う」の字もなかった。これにはまいった!自分でも何を話しているのかさっぱりわからないまま収録終了。自分の発言に責任を持てない状態で放送当日を迎えたが、そこはやはりテレビ。うまく編集され、どうにかつじつまが合うような話しになっていた。 1999年は新聞に始まり、空港写真展に沸き、テレビに終わった。忘れられない体験をさせてもらったことにつくづく感謝しているが、「あの頃は良かった」、もう全ては過去の栄光だ。今は齢と共に、目立つことよりも救われる生き方をひしひしと感じている。 |